何故するのか

何故するのか

では何のために会議を行うのか。
それは誰か自分以外の人間と意見を交える必要があるからに他ならない。

 

例えばあなたの住む世界があなた一人で回っており、
何をするにも何を決めるにも全てがあなたの意見や考えで決まるとしたら、
そもそも話し合う必要が何もない。
話し合う必要云々以前に、話し合うべき相手がいないのであるから会議を開きようがないのだ。
もしこの世界がそのような世界だったとしたら、「会議」という文化も生まれていなかったことだろう。
だが現実問題としてこのような世界はまず無い。
しいていえば、固有名詞をあげには抵抗があるが、北朝鮮などは封鎖社会であり、
独断で国を動かすぐらいしかないのではないでしょうか。

 

例え話として今ここにつらつらと書き連ねただけでも何と寒々しい世界だろうと感じた。
無人島に一人で住んでいるとでも言うのならいざ知らず、
他者と共に生きるこの世界で他者と全く関わりなく過ごすということはほぼ不可能なのである。

 

そしてその他者と関わり合い共に生きているこの世界では、
どうしても自分一人の意見だけでものごとを進める訳にはいかない。
そんな時に他者の意見を求め、
意見を交わすことの必要性は敢えて語らずとも多くの人が実感しているのではないだろうか。

 

もう少し話の規模を小さくして論じると、
例えばあるチームや共同体内で何か問題が生じ解決策が必要になったとする。
このような時にはやはりそのチームのメンバーや共同体の構成員、
あるいは代表者による「作戦会議」を開くのではないだろうか。
関係者が集まって異なる意見に耳を傾け、議論し合う場は必要なのである。

 

東京駅周辺で貸し会議室をお探しならこちらをチェック